◆ 東日本大震災

◆東日本大震災
3月11日午後2時46分ごろ、マグニチュード9.0を記録する地震が東北地方太平洋沖で発生しました。
この度の地震により被災された皆様に謹んでお見舞い申し上げます。
この地震により宮城県栗原市で震度7、宮城県、福島県、茨城県、栃木県で震度6強などの広い範囲で強い揺れを観測しました。
また、太平洋沿岸を中心に高い津波を観測し、
特に東北地方から関東の太平洋沿岸では大きな被害を受けるとともに、多くの尊い命がその犠牲となっております。
さらには、津波に伴う原子力発電所事故による放射能の問題は長期化する恐れがあり、私たちはその恐怖と不安にさらされ続けているという状況であります。
様々な災害が重なった状況ではありますが、
このようななか何ができるのかを考え、
被災者を支援していく方向を歩みたいと思います。
今回、私ども真宗大谷派 茨城一組では、
今後、被災者の支援を広く長く、支援していくことを目的とし
当面は生活に必要である物資の支援と
炊き出しなどによる、食事の提供を行ってまいりたいと思います。
皆様のご理解とご協力をお願いいたしたいと思います。
なお、この支援活動に伴う資金の援助も
あわせてお願いいたしたいと思います。
振込み口座をご用意いたしましたので、
下記の口座まで宜しくお願いいたします。
■ゆうちょ銀行■
◆口座名称(加入者名) 真宗大谷派茨城一組東日本大震災支援金
◆口座記号番号 00160-7-433387
真宗大谷派東京教区茨城一組
東日本大震災・被災者を支援する会
代表 梁河 文昌
◆ 次回の支援活動
飲食店風コミュニティー
◎ 5月9日 北高飯野川仮設住宅 炊き出し
10日 山崎前仮設住宅 炊き出し
◎ 6月20日~22日 石巻市
◎ 7月25日~27日 石巻市
※詳細は決まり次第アップいたします
☆共に支援活動をしてくださる仲間を募集いています。お気軽にメールにてお問い合わせください。
◆ 追弔法要 石巻市雄勝町水浜
【3月10~12日 雄勝町 スタッフ11名】
◆◇被災地に光あれ◇◆

2011年3月11日に起きた震災より、ちょうど1年。
私たちは水浜の皆さんとその日、貴重な時を過ごしました。


今回は私たちの活動を1年間ずっと支えてくださっているお二人、遠方より京都と九州から参加してくださりました。

震災当初より水浜へお米や生活物資を九州から送りつづけて、今回初めて水浜の皆さんとの対面。お互いに様々な思いが溢れてきます。

水浜の港にもようやく船が姿を見せました

すぐ隣の倉庫には、出来上がったばかりの船がしまってありました

今回、水浜の皆さんが感謝の意を込めて作ってくださった横断幕!

スタッフは法要の準備をします

水浜のみなさんもお供え等を朝早くから準備して、お飾りをしてくださいました。
野卓にかけられている打敷は、昨年の夏に水浜の子供たちにも押してもらった手形で作られています。

千葉県、南房総から届けられたたくさんのお花。

追弔法要を始めるにあたり、水浜の自治会長さんがこの1年を振り返りながらのご挨拶。

スタッフ全員が装束を着けてのお勤め。多くの方々がこの湾でお亡くなりになりました。

50人くらいと聞いていたのですが、100人を超える大勢の方がお参りに来ておられました。


法要終了後は、盛岡市から来られた方による、伝統芸能である「澤目獅子踊り」が披露されました

そして、お昼をはさんで、2:46に追弔法要が行われた場所にて、「勿忘の鐘」が行われる
これは単に被災地における1周年の儀式にとどまるものではなく、今後も毎年継続的にひろく有縁の方々に賛同を呼びかけ、各地で被災地に思いを馳せる方々がそれぞれの場所で鐘をつくことを通して、あらためてこの震災を心に刻み、そして復興と支援の思いを全国でつなぐことを願いとし「勿忘の鐘」(わすれなのかね)と名づけられました。




参列者一同が順に、鐘を鳴らし、それぞれが今回の震災を忘れてはならないと胸に刻む

そして、日が落ちかける頃、水浜のみなさんと私たちで用意したロウソクを海辺まで運び・・・

そのロウソクを、水浜の海に面する防波堤すべてに並べました。



火が落ちる頃を見計らって、ロウソクに火を灯します


今回こちらに来れなかったスタッフもおりますが、1年共に活動してきた仲間で記念に1枚の写真を撮ることに!

あたりが暗くなると、ロウソクの灯りがより一層輝きを増し、とても綺麗な光景を目にすることが出来ました。
私たちはこの1日を決して忘れることがないでしょう。
〈つぶやき・所感〉
この1年を振り返り、雄勝町水浜の方から大切な事を教えてもらった。それは共同体、つまりコミュニティーがあれば人は助け合って生きていけるという事を身をもって教えられた。そして懸命に生きている人の姿に、こちらが助けられているのだと感じる。
国や行政は避難所から仮設住宅に移る時、コミュニティーを維持できるようにすればよかったのだが、行政が行ったのはクジ引きをさせ、コミュニティーを解体させてしまった。
これからまた1年コミュ二ティーの場になることを願って炊き出しをつづける。
◆◇被災地に光あれ◇◆

2011年3月11日に起きた震災より、ちょうど1年。
私たちは水浜の皆さんとその日、貴重な時を過ごしました。


今回は私たちの活動を1年間ずっと支えてくださっているお二人、遠方より京都と九州から参加してくださりました。

震災当初より水浜へお米や生活物資を九州から送りつづけて、今回初めて水浜の皆さんとの対面。お互いに様々な思いが溢れてきます。

水浜の港にもようやく船が姿を見せました

すぐ隣の倉庫には、出来上がったばかりの船がしまってありました

今回、水浜の皆さんが感謝の意を込めて作ってくださった横断幕!

スタッフは法要の準備をします

水浜のみなさんもお供え等を朝早くから準備して、お飾りをしてくださいました。
野卓にかけられている打敷は、昨年の夏に水浜の子供たちにも押してもらった手形で作られています。

千葉県、南房総から届けられたたくさんのお花。

追弔法要を始めるにあたり、水浜の自治会長さんがこの1年を振り返りながらのご挨拶。

スタッフ全員が装束を着けてのお勤め。多くの方々がこの湾でお亡くなりになりました。

50人くらいと聞いていたのですが、100人を超える大勢の方がお参りに来ておられました。


法要終了後は、盛岡市から来られた方による、伝統芸能である「澤目獅子踊り」が披露されました

そして、お昼をはさんで、2:46に追弔法要が行われた場所にて、「勿忘の鐘」が行われる
これは単に被災地における1周年の儀式にとどまるものではなく、今後も毎年継続的にひろく有縁の方々に賛同を呼びかけ、各地で被災地に思いを馳せる方々がそれぞれの場所で鐘をつくことを通して、あらためてこの震災を心に刻み、そして復興と支援の思いを全国でつなぐことを願いとし「勿忘の鐘」(わすれなのかね)と名づけられました。




参列者一同が順に、鐘を鳴らし、それぞれが今回の震災を忘れてはならないと胸に刻む

そして、日が落ちかける頃、水浜のみなさんと私たちで用意したロウソクを海辺まで運び・・・

そのロウソクを、水浜の海に面する防波堤すべてに並べました。



火が落ちる頃を見計らって、ロウソクに火を灯します


今回こちらに来れなかったスタッフもおりますが、1年共に活動してきた仲間で記念に1枚の写真を撮ることに!

あたりが暗くなると、ロウソクの灯りがより一層輝きを増し、とても綺麗な光景を目にすることが出来ました。
私たちはこの1日を決して忘れることがないでしょう。
〈つぶやき・所感〉
この1年を振り返り、雄勝町水浜の方から大切な事を教えてもらった。それは共同体、つまりコミュニティーがあれば人は助け合って生きていけるという事を身をもって教えられた。そして懸命に生きている人の姿に、こちらが助けられているのだと感じる。
国や行政は避難所から仮設住宅に移る時、コミュニティーを維持できるようにすればよかったのだが、行政が行ったのはクジ引きをさせ、コミュニティーを解体させてしまった。
これからまた1年コミュ二ティーの場になることを願って炊き出しをつづける。
◆ 次回の支援活動
飲食店風コミュニティー
◎ 5月9日 北高飯野川仮設住宅 炊き出し
10日 山崎前仮設住宅 炊き出し
◎ 6月20日~22日 石巻市
◎ 7月25日~27日 石巻市
※詳細は決まり次第アップいたします
☆共に支援活動をしてくださる仲間を募集いています。お気軽にメールにてお問い合わせください。
