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◆ 追弔法要 石巻市雄勝町水浜

【3月10~12日 雄勝町 スタッフ11名】

◆◇被災地に光あれ◇◆

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2011年3月11日に起きた震災より、ちょうど1年。
私たちは水浜の皆さんとその日、貴重な時を過ごしました。

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今回は私たちの活動を1年間ずっと支えてくださっているお二人、遠方より京都と九州から参加してくださりました。

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 震災当初より水浜へお米や生活物資を九州から送りつづけて、今回初めて水浜の皆さんとの対面。お互いに様々な思いが溢れてきます。

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水浜の港にもようやく船が姿を見せました

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すぐ隣の倉庫には、出来上がったばかりの船がしまってありました

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今回、水浜の皆さんが感謝の意を込めて作ってくださった横断幕!

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スタッフは法要の準備をします

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水浜のみなさんもお供え等を朝早くから準備して、お飾りをしてくださいました。
野卓にかけられている打敷は、昨年の夏に水浜の子供たちにも押してもらった手形で作られています。

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千葉県、南房総から届けられたたくさんのお花。

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追弔法要を始めるにあたり、水浜の自治会長さんがこの1年を振り返りながらのご挨拶。

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スタッフ全員が装束を着けてのお勤め。多くの方々がこの湾でお亡くなりになりました。

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50人くらいと聞いていたのですが、100人を超える大勢の方がお参りに来ておられました。

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法要終了後は、盛岡市から来られた方による、伝統芸能である「澤目獅子踊り」が披露されました

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そして、お昼をはさんで、2:46に追弔法要が行われた場所にて、「勿忘の鐘」が行われる

これは単に被災地における1周年の儀式にとどまるものではなく、今後も毎年継続的にひろく有縁の方々に賛同を呼びかけ、各地で被災地に思いを馳せる方々がそれぞれの場所で鐘をつくことを通して、あらためてこの震災を心に刻み、そして復興と支援の思いを全国でつなぐことを願いとし「勿忘の鐘」(わすれなのかね)と名づけられました。

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参列者一同が順に、鐘を鳴らし、それぞれが今回の震災を忘れてはならないと胸に刻む

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そして、日が落ちかける頃、水浜のみなさんと私たちで用意したロウソクを海辺まで運び・・・

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そのロウソクを、水浜の海に面する防波堤すべてに並べました。

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火が落ちる頃を見計らって、ロウソクに火を灯します

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今回こちらに来れなかったスタッフもおりますが、1年共に活動してきた仲間で記念に1枚の写真を撮ることに!

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あたりが暗くなると、ロウソクの灯りがより一層輝きを増し、とても綺麗な光景を目にすることが出来ました。

私たちはこの1日を決して忘れることがないでしょう。

〈つぶやき・所感〉
 この1年を振り返り、雄勝町水浜の方から大切な事を教えてもらった。それは共同体、つまりコミュニティーがあれば人は助け合って生きていけるという事を身をもって教えられた。そして懸命に生きている人の姿に、こちらが助けられているのだと感じる。
 国や行政は避難所から仮設住宅に移る時、コミュニティーを維持できるようにすればよかったのだが、行政が行ったのはクジ引きをさせ、コミュニティーを解体させてしまった。
 これからまた1年コミュ二ティーの場になることを願って炊き出しをつづける。

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